障害者職業総合センター
 
 

調査研究報告書NO.6

精神薄弱者の職業経歴に関する研究 -通勤寮利用者の事例が示すこと-

執筆担当者

松為信雄 障害者職業総合センター主任研究員
望月葉子 障害者職業総合センター研究員
中里 誠 社会福祉法人白根会白根青年寮寮長
大根田充男 宇都宮大学教授

(要旨)

1.職業経歴研究の課題
  従来,「職業経歴」の分析は職業移動に焦点をあてて行われてきた。ところが,精神薄弱者の場合,成長期に発現した知的発達遅滞という障害特性からみて,同年齢の健常者が担うことのできる職業上の役割を同じように担うことが難しい。職業経歴についていえば,(垂直的であれ,水平的であれ,その両方であれ),結果として職業移動それ自体が健常者とは異なる枠組みで行われる可能性は大きい。例えば,職業移動に関連する課題としては,労働対価により生計をたてるには,企業内で生産性を上げることができるのか,生産性に見合った賃金。処遇で生活できるのか,キャリアの形成ができるのか,といったことがあげられる。ここには,身体障害とも異なる固有の障害特性に関連する制約があり,こうした対象者の職業経歴を分析するために,新たな分析の枠組みを必要としている。
  本研究は,職業経歴の検討を通して,職業適応の評価の枠組みを検討することを目的としている。
2.方法
  精神薄弱者20名を対象として面接調査を行った。また,本人面接に先立ち,長年,指導援助に携わっている指導員に質問紙と面接による事前調査を行った。事前調査の概要は以下の通りである。
  1)経歴:就学に関する経歴 就労に関する経歴 家族歴,健康歴
  2)勤め先の概要:名称,業種,従業員数,雇用障害者数,仕事の内容,勤務条他 動務状況
  3)離転職の状況:入職経路,離転職の経緯,
  4)仕事の遂行状況:レディネスチェックリスト抜粋,仕事に対する満足の状況
  5)生活時間:平日と休日の過ごし方,
  6)経済活動:金銭管理,金銭感覚,経済活動の状況
  7)人生段階の節目の年齢:働き盛り,大人の時期,高齢期,引退,精神的自立,経済的自立,等
  8)その他:生きがいや希望
 4)~8)は援助者の観察評価に基づいている。なお,1)~3)は,通勤案利用以前の状況について,本人からの情報をフォローアップすることに困難がある場合,年配者であるほど若い時期の経歴情報の精緻さに限界がある。
  さらに,経歴に評価の視点を加えて分析・検討を行った。したがって,事例は本人。援助者。研究者の3者の視点により構成されている。
3.評価の枠組み
  精神薄弱者の職業経歴をみるとき,生涯を通してさまざまな仕事を転々とする人もある。しかし,多くの場合,指導・援助を得て次第に落ちつき,「腰を据えて取り組む仕事」に定着するパターンを示すように思われる。そこで,職業生活を,①:準備期,②:試行期,③:安定期,④:下降期,にわけてパターンを分類し,各時期を次のように区分した。
 ①準備期:家業の手伝いや施設での実習・園外実習など,仕事に適応する準備の段階
 ②試行期:比較的短い期間(概ね3年未満)でいくつかの仕事を転々とする段階
 ③安定期:概ね3年以上の長期にわたって仕事に定着する段階
 ④下降期:引退へのソフトランディングの段階
4.結果と考察
(1)職業経歴について
  職業経歴の典型は,①→②→③→④の順序で職業生活が展開することになろう。しかし,検討した年配者の10事例では4つのタイプに大別できた。

  タイプa<典     型>:準備→試行→安定→下降
  タイプb<安定継続型>:安定
  タイプC<試行安定型>:試行→安定
  タイプd<中  断  型>:準備→試行→準備→安定
                   試行→準備→安定→下降
                   準備→試行→準備→安定→下降
                   試行→準備→安定

  事例を総括すると,安定継続型と試行安定型は典型の一部を省略し,一部をこれから経験する予定の段階であるとみることができる。つまり,安定継続型は準備期と試行期を省略して安定期に入っているが,下降期はまだ経験していないパターンであり,試行安定型は,試行期を省略して安定期に入っているが,下降期はまだ経験していないパターンであるとみることができる。これに対し,中断型は典型に一本化されるこうしたパターンが何らかの要因で中断され,一旦は低い段階に下降するが,対応した援助を得てレベルを回復したパターンであるとみることができる。こうした要因として,精神疾患の発病や問題行動の発現,加齢にともなう身体障害の重篤化があげられる。
  10例のパターン分析から明らかになったことは次のとおりである。

   (1)生活自立のレベルの達成状況が就労レベルの達成状況と関連する。
   (2)生活自立を支援する体制が整っていれば,早期に高い就労レベルを達成できる。
   (3)生活自立と就労レベルの達成,並びに維持には,日常的な援助体制が必要である。
  また,生活自立と就労レベルに基づく職歴評価の枠組みが有効であり,若年者にもあてはまることが示唆された。

(2)加齢にともなう変化について
  探索期を経て安定期に入り,下降期から引退に至るという職業生活の基本的なパターンにそってみると,下降期は身体的な衰えと対応している。しかし,下降期の変化が急激なことからみると,過労が高じていたことも考えられる。早い時期から引退へのソフトランディングの方策が必要であることを示唆している。
  しかし,就業の意欲に関連した項目の他に,理解と学習能力に関連する項目などの項目では身体的な衰えに対応した能力低下は見いだされないことから,身体的な衰えを受容することが困難になるという問題が生じる。これが下降期の課題であると考えられる。

(3)仕事に対する満足度の評価について
  満足が高いと生産性が高いという見方は,精神薄弱者の場合には確かにあてはまるとはいいがたい。
  「昇進の可能性」が少ないこと,「給料」が少ないこと,は特に勤続年数が長くなって一般労働者との格差が開いたときに深刻さを増す。このこと自体は処遇の問題であり早急に改善することば困難である。
  「会社の将来性」や「会社の経営方針」に満足することで代償させているのかもしれない。
  就労の継続は,対人的要件(「上司」や「他者承認」),自我関与的要件(「仕事に対する興味」や「能力を試す」)などに対する満足との関連が深い。
  本報告書では,仕事の世界からの引退を目前にした年配者の生涯を振り返ったとき,全く経験できなかった出来事と,時期は遅れても経験した出来事とが明らかにされた。職位の上向移動という意味ではキャリアの形成は見いだされなかった。しかし,職業人として一人前になるという課題は達成されており,職業人らしく振る舞うことが精神的に自立することなど,生活自立の課題達成と表裏一体であることが示された。ゆっくりではあるが援助を得て職業生活を維持継続する中で生活自立を達成していく過程が明らかにされたといえる。こうした生活設計の展開に果たした援助システムとして,通勤寮の役割は大きいものと考える。

目 次

序 キャリア発達研究のねらい

第1章 精神薄弱者の職業経歴研究の課題

第2章 精神薄弱者通勤寮の概要

第3章 職業経歴の概要

第4章 精神薄弱者の職業生活設計支援の課題

第5章 職業リハビリテーションの課題 -事例の検討を通して-

第6章 障害のない勤労者の職業生活設計との比較

おわりに

資料

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